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松江家庭裁判所 昭和48年(少ハ)1号 決定

少年 T・N(昭二六・四・二二生)

主文

本件申請を却下する。

理由

第一本件申請の理由

中国地方更生保護委員会作成名義の戻し収容申請書中の「申請の理由」記載のとおりである(なお別紙添付。)。

第二当裁判所の判断

1  仮退院後の経過はほぼ「申請の理由」のとおりであつて、少年が犯罪者予防更生法三四条二項一号前段、二号、四号に定める一般遵守事項ならびに同法三一条三項により中国地方更生保護委員会が定めた特別遵守事項を遵守しなかつた事実は、一応これを認めることができる。

2  そこで、少年を少年院に戻して収容する必要性があるか、さらにはその効果を期待することができるかについて検討する。

(イ)  少年は、昭和四七年五月二二日特別少年院を仮退院したが両親や兄弟らは自分達の手で少年を更生させようという態度を全く示さないばかりか、少年を厄介者あるいは少年院帰りということで見放してしまつており、そのため、少年としても父母らとの家庭生活に愛情を求めながらも、両親らから疎外されてしまつていることを感じとり、次第に親和感を失うに至り、精神的依りどころを失い、適職に恵まれなかつたことなども重つて、仮退院後ほどなく前記遵守事項違背をおかすに至つた。ところが同年八月ごろ、○井○子(昭和二五年一月二九日生)と知り合い、ほどなく同女と同棲するようになつたが、同女が少年に対し強い愛情を示しはじめた同四八年一月中頃から、少年は精神的に落ちつきをみせはじめ、働く意欲を示し、同女との将来を真面目に考え、同女に両親がなく実兄から見放されてしまつている境遇にも同情し、同女を幸せにするため、同女と正式に結婚する決意を固めるに至つた。

そして従来の怠惰な生活を反省する余裕も出てき、同年二月初ごろから担当保護司の来訪を拒否しなくなつたばかりか、二月一九日呼出に応じて保護観察所に出頭し、さらに二月と三月に各一回宛ではあるが自ら担当保護司を往訪している。

さらに、少年は同年三月二二日より○子の実兄の友人の紹介で松江市で土建業を営んでいる○田○に雇われ、同人の理解と協力を得て前借りを受け、同市○○○町にアパートの一室を借り世帯道具一式を月賦購入して、同女と同棲生活をしながら右○田○のもとで土工として真面目に働きはじめたところ、同月二七日中国地方更生保護委員会の本件審理開始決定がなされ、引致状の執行を受けるに至つたものである。

(ロ)  上記事実によると、本件審理開始決定がなされた当時、すでに、少年は父母兄弟らのいる家庭の愛情に代わり、それ以上に密度が高い愛情の場を○子との同棲生活に見出し、そのため精神的に安定をとりもどし、生活態度にも改善の曙光がみられはじめているということができる。

(ハ)  少年は、昭和四四年三月一八日中等少年院に収容され、仮退院中の同四六年三月一五日特別少年院へ戻し収容され、二度に亘り少年院において矯正教育を受けたにもかかわらず、仮退院当時において怠惰で自己中心的な性格はさして変らず仮退院後間もなく上記遵守事項違背をしていたものであり、さらに本件申請当時、少年は年齢が二一歳一一月であることおよびその知能が限界級(IQ75)にあることなどにかんがみると、少年の上記遵守事項違反を理由に直ちに少年を再び少年院に収容してみても、果してどれだけの効果が期待できるか多大の疑問があるといわねばならない。

(ニ)  上記各事実にかんがみると、本少年の場合、その保護育成を期するためには、上記遵守事項違反を理由に直ちに少年院に戻して収容し矯正教育を施すよりは、むしろ、適切な社会資源があればそれを活用し、ようやく精神的安定をとりもどし改善の曙光がみえはじめた少年の生活態度の高揚をはかり、一層の社会適応性を培うのが相当であると思料されるところ○井○子との同棲生活を少年の更生のための一つの社会資源として利用することには問題がないわけではないにしても本少年の年齢が二一歳一一月、同女の年齢が二三歳であるうえ数ヶ月間同女と同棲生活を送り、互いに強い愛情を抱き合い、ともに結婚をする強い決意を固めていることが認められるばかりか、そのことが少年の自覚をうながし、怠情で自己中心的生活態度を改める契機をなし、さらに精神的安定を得る大きな資源となつていることは否めない事実であるので、この際、少年を同女との生活の場に帰えし、同女との関係は一切少年と同女に委せ、少年に理解と愛情を示している○田○のもとで稼働させ、ようやく改善の曙光が認められはじめた少年の生活態度をさらに指導監督し、一層社会適応性を培つていくことがより適切な方法であると思料される。

3  とこで、少年は昭和四八年四月二三日当裁判所において家庭裁判所調査官益田義弘の試験観察に付せられ、前記○田○に身柄付補導委託されたところ、少年は精神的にも安定をきたし、二、三度二日酔いをして怠業したことがあつたものの、職場にもよく適応し、現在では○田○の信頼を得て同人のもとで従業員六~七人のうちの責任者としての立場に就いており、時には○田○に代わつて作業の采配を振うまでに至つていること、少年の生活態度も次第に改善され、現在では真面目な生活を営んでいること、少年の父母は少年の更生意欲とその努力を評価し、ようやく少年に理解を示しはじめ、もはや少年との間に不信感にもとずく葛藤はみられなくなり、少年と○子の将来を暖く見守つていること、少年と○子は昭和四九年二月二六日婚姻の届出をすませており、同女は現在妊娠四ヶ月であり、少年も父親としての自覚をもちはじめていることが認められ、さらに叙上の事実に鑑みると、少年が将来再び怠惰、放漫な生活に陥り、あるいは保護観察を回避する態度にでるおそれはまずないものと思料される。

4  以上の諸事実を総合して判断すると、現状ではもはや少年を少年院に戻す必要はなくなつたものと認められる。

よつて本件申請は理由がないので、これを却下することとし、犯罪者予防更生法四三条一項、少年院法一一号三項、少年審判規則五五条により主文のとおり決定する。

(裁判官 谷口敬一)

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